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歴史・戦国

戦国武将の誕生日一覧|戦国武将は何月生まれが多い?

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この記事で分かること

  • 戦国武将は何月生まれが多いのか
  • 自分と同じ誕生日の武将はいるか
  • 旧暦と新暦で、誕生日はどう変わるのか

1.自分と同じ誕生日の戦国武将は、いるのか

自分と同じ誕生日の有名人を調べたことは、たいていの人が一度はあると思います。

同じ日に生まれたというだけで、なんとなく親近感がわきます。それが歴史上の人物なら、なおさら面白く感じます。

そこで、戦国武将で同じことをやってみようと思いました。Wikipedia には戦国武将のページが5,000本以上あり、それぞれに生没年が載っています。

Category:戦国武将 - Wikipedia戦国時代の武将を集めたカテゴリ。各記事には生没年・氏族・官位などをまとめた基礎情報の欄があります。ja.wikipedia.org

このカテゴリと、そのサブカテゴリの「Category:戦国大名」を合わせると5,553人分になりました。ここから生誕欄を取り出します。

ところが、すぐに2つの壁にぶつかりました。

ひとつは、そもそも誕生日がほとんど記録に残っていないこと。生誕欄の中身を数えると、こうなります。

生誕欄に何が書かれているか(5,553人)
記載の内容人数割合
月日まで判明244人4.4%
年のみ、または不明・不詳5,309人95.6%

誕生日が分かるのは、5,553人のうち244人だけでした。全体の4.4%です。

それでも244人います。これだけあれば、同じ誕生日の武将は見つかりそうです。

そこで2つ目の壁が現れます。

誕生日が1人につき2つあるのです。

2.信長の誕生日は5月12日か、6月23日か

たとえば織田信長の生誕は、こう書かれています。

織田信長の生誕欄
天文3年5月12日(1534年6月23日)

日付が2つあります。これは別々の日ではなく、同じ日を2通りの暦で書いたものです。前者が当時使われていた旧暦、後者がいま私たちが使う新暦に換算した日付です。

つまり信長は、5月生まれとも6月生まれとも言えます。

これは信長に限った話ではありません。旧暦と新暦は1か月ほどずれるため、多くの武将で月が変わります。

242人のうち204人、84%が、旧暦と新暦で誕生月が変わりました。

極端な例が徳川家康です。

暦によって変わる誕生日
武将旧暦新暦
織田信長5月12日6月23日
豊臣秀吉2月6日3月17日
徳川家康12月26日翌年1月31日
武田信玄11月3日12月1日
上杉謙信1月21日2月18日
伊達政宗8月3日9月5日

家康は旧暦では年末の12月26日ですが、新暦に直すと年が明けて1月31日になります。生年すら天文11年(1542年)と1543年で表記が分かれる原因がこれです。

同じように年をまたぐ武将は、前田利家・池田輝政・片倉重長など8人いました。

この記事の一覧は、現在の暦の日付順に並べたうえで、旧暦も併記しています。いま私たちが使う暦で探せるようにするためです。

3.戦国武将は何月生まれが多いのか

一覧の前に、月ごとの人数を数えてみます。244人を12か月に均等に割れば、1か月あたり20人ほどになるはずです。

誕生月の分布(242人)

旧暦

当時の暦

1月37人
2月28人
3月30人
4月11人
5月23人
6月18人
7月15人
8月21人
9月19人
10月9人
11月20人
12月11人

新暦

現在の暦に換算

1月13人
2月33人
3月37人
4月26人
5月12人
6月24人
7月12人
8月18人
9月21人
10月19人
11月12人
12月17人

※ 記事内で説明した集計をもとに作成した図です。並べたグラフで目盛りを揃えています。

現在の暦で数えると、最も多いのは3月の37人でした。

2月の33人がこれに続きます。逆に少ないのは5月・7月・11月の12人で、3月とは3倍の開きがあります。

多い月と少ない月(新暦・244人)
月人数平均との差
最多3月37人+16.7人
2位2月33人+12.7人
3位4月26人+5.7人
最少5月・7月・11月各12人−8.3人

2月から4月の3か月だけで96人、全体の39%が集まっています。均等なら25%のはずなので、春先に大きく寄っていることになります。

旧暦で数えると、最多は1月の37人。山の位置がまるごとひと月ずれますが、偏っていること自体は変わりません。旧暦の1〜3月に95人(39%)が集中しています。

たまたま偏っただけではないのか

とはいえ244人しかいません。サイコロを何回か振れば目が偏ることがあるように、たまたま3月に集まっただけかもしれません。

こういう「たまたまなのか、そうでないのか」を見分けるために、統計には専用の手法があります。今回はそのひとつを使って確かめました。

やることは単純です。まず「誕生日は1年じゅうに散らばっている」と仮定します。そのうえで244人を集める作業を何度も繰り返したとき、今回のように3月へ寄ることがどのくらいの頻度で起きるのかを計算します。めったに起きないなら、最初の仮定のほうが間違っていたと考えられます。

計算した結果がこちらです。

この偏りが偶然に起きるのは、1万回に1回もありませんでした。

旧暦で数えても同じ結果です。つまりこの偏りは、たまたまでは説明がつきません。何かしら理由があると考えるのが自然です。

ただし、この偏りが「戦国武将は春に生まれやすかった」ことを意味するとは限りません。考えられる理由は2つあり、このデータでは切り分けられません。

  • 当時の出生に、本当に季節的な偏りがあった(農作業の周期や婚礼の時期との関係)
  • 誕生日が記録に残る人の側に、偏りがあった

244人は全体の4.4%でしかなく、有名な武将に強く偏った標本です。「記録に残った武将は春生まれが多かった」までが、このデータで言えることになります。

4.カレンダーで見る戦国武将の誕生日

244人を、現在の暦のカレンダーに並べました。同じ日に生まれた武将がいるかもしれません。

戦国武将の誕生日カレンダー(新暦)

新暦で並べています(全244人)

1月13人

1
2
3
4
5
6
7
8
  • 上杉景勝
9
10
11
12
  • 本庄繁長
13
14
  • 若林統昌
15
  • 前田利家
16
  • 畠山尚順
17
18
  • 津軽為信
  • 諏訪頼水
19
20
21
  • 六角義郷
22
23
24
25
  • 片倉重長
26
27
28
29
30
31
  • 徳川家康
  • 大友義鎮
  • 池田輝政
  • 千葉重胤

2月33人

1
  • 最上義光
  • 内藤義清
2
  • 島津尚久
  • 小笠原清宗
3
4
  • 毛利輝元
  • 小寺休夢
  • 小笠原忠脩
5
6
  • 佐々成政
  • 足利政氏
  • 島津久賀
7
  • 大島光義
8
  • 松平忠利
9
10
  • 足利義氏
11
  • 武田信虎
  • 松永久通
12
  • 高橋高種
13
14
15
  • 前田利長
  • 千葉胤富
16
  • 藤堂高虎
  • 塩谷義綱
17
  • 一色昭孝
  • 塩谷義孝
  • 小場義成
18
  • 上杉謙信
  • 彦部晴直
19
  • 山内真秀
20
  • 仙石秀久
  • 蜂須賀至鎮
21
  • 水谷正村
22
  • 伊東祐兵
23
24
25
  • 島津常久
26
  • 小早川秀包
27
  • 島津忠治
28
29

3月37人

1
  • 結城秀康
  • 相良義陽
  • 相良頼貞
2
  • 土居清良
3
  • 白石宗実
  • 朝倉貞景
4
  • 井伊直政
  • 島津義久
5
6
7
  • 赤松政則
  • 佐竹義重
8
  • 真田信繁
  • 尼子晴久
9
10
  • 三好長慶
  • 種子島時尭
11
  • 北郷忠能
12
  • 小田氏治
13
  • 多賀谷重経
  • 高橋種資
14
  • 内藤忠興
  • 肝付兼演
15
16
  • 井伊直孝
17
  • 豊臣秀吉
  • 本多忠勝
18
  • 青山忠俊
  • 有馬則頼
19
  • 黒田利則
20
21
  • 大浦為則
22
  • 斎藤龍興
  • 石川昭光
23
  • 上井覚兼
  • 松平康信
24
  • 龍造寺隆信
25
26
27
28
29
  • 大内義興
  • 村上義清
30
31
  • 筒井順慶
  • 相良長祗
  • 大石直久

4月26人

1
  • 南部信直
2
3
4
5
6
  • 山口重政
7
  • 小笠原秀政
8
  • 今田長佳
9
10
11
  • 北条氏尭
  • 北郷三久
  • 伊地知重順
12
  • 鍋島直茂
13
  • 松平信康
  • 山本寺定長
14
  • 脇坂安元
15
  • 小野鎮幸
  • 永山義在
  • 小笠原長棟
16
  • 毛利元就
17
18
  • 立花直次
19
  • 土井利勝
20
  • 相良忠房
21
  • 千葉良胤
  • 千葉邦胤
22
  • 立花道雪
  • 織田信孝
23
24
25
26
27
  • 佃十成
  • 朝倉氏景
28
  • 黒田直之
  • 禰寝重張
29
30

5月12人

1
  • 大石定久
2
  • 徳川秀忠
3
  • 島津久信
4
5
  • 後藤基次
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
  • 香川勝雄
17
18
  • 有馬豊氏
19
20
  • 島津義虎
21
  • 島津忠将
22
  • 千坂景親
23
24
  • 島津久元
25
26
27
  • 石川義宗
28
  • 島津貴久
29
30
31

6月24人

1
2
  • 千葉昌胤
  • 朝倉孝景(7代)
3
  • 細川藤孝
4
  • 織田信正
  • 平手政秀
  • 塩谷孝綱
5
6
  • 前田利好
  • 織田信衡
7
8
9
  • 松平広忠
  • 島清興
10
  • 武田元綱
11
12
13
  • 内藤信成
14
  • 保科正貞
15
16
17
  • 赤塚真賢
18
19
  • 明智光継
  • 北致愛
20
21
  • 山本菅助
22
23
  • 織田信長
  • 吉利忠澄
24
  • 藤堂高吉
  • 寒河江孝広
25
  • 後藤家信
26
  • 真壁久幹
27
28
  • 津軽信建
29
30

7月12人

1
2
  • 大石定重
3
  • 戸村義国
4
  • 阿部正勝
5
6
  • 北条康種
7
8
  • 松平正綱
9
10
11
12
  • 小田成治
13
  • 島津豊久
14
  • 酒井忠世
15
16
17
18
  • 保科正直
19
20
21
22
23
24
25
  • 加藤清正
  • 伊東祐慶
26
27
28
29
  • 玉木吉保
30
31

8月18人

1
2
  • 大友義統
  • 島津以久
3
  • 鎌田政近
4
5
  • 伊地知重政
6
  • 山田有栄
7
8
9
10
  • 佐竹義篤
11
12
13
14
15
  • 島津歳久
16
17
  • 織田信包
  • 武田信実
  • 佐竹義宣
18
  • 土岐政房
  • 島津忠長
19
  • 小野寺義道
20
  • 菅沼定芳
21
  • 島津義弘
  • 土岐頼勝
22
23
  • 簗田晴助
24
25
26
27
28
29
  • 伊達政隆
30
31

9月21人

1
2
3
  • 伊地知重興
4
5
  • 伊達政宗
6
  • 小笠原貞慶
  • 青山忠成
  • 簗田持助
7
8
  • 島津勝久
9
  • 長連龍
10
  • 入来院重高
  • 島津忠隆
11
12
  • 千葉利胤
13
  • 明智光綱
14
15
  • 蘆名盛高
16
17
  • 三木通秋
18
  • 大内政弘
  • 結城晴朝
19
20
  • 立花宗茂
  • 山中幸盛
  • 水野勝成
21
  • 大井行吉
22
23
24
25
26
27
  • 竹中重治
28
  • 松平清康
29
30

10月19人

1
2
3
  • 佐竹義昭
  • 鍋島茂綱
4
  • 千葉親胤
5
6
7
8
9
10
  • 池田利隆
11
  • 竹森次貞
12
  • 朝倉義景
13
  • 相良晴広
  • 陶弘護
14
  • 島津忠良
15
  • 島津成久
16
  • 丹羽長秀
  • 伊東義賢
17
18
  • 松平忠吉
  • 武田信吉
19
20
21
  • 菅正利
  • 小笠原貞朝
22
  • 塩谷隆綱
  • 武田信豊
23
24
25
  • 高橋紹運
26
27
28
29
30
31

11月12人

1
2
3
4
5
6
7
8
  • 江良房栄
9
  • 小笠原長時
10
11
12
13
14
  • 龍造寺信周
15
16
  • 千葉勝胤
17
18
  • 水谷勝俊
19
  • 龍造寺長信
20
21
22
23
24
25
  • 毛利秀元
  • 小笠原長朝
26
27
  • 島津忠恒
  • 島津立久
  • 種子島久時
28
  • 細川忠興
29
30

12月17人

1
  • 武田信玄
2
3
  • 問田隆盛
4
  • 鍋島勝茂
5
6
7
  • 吉川広家
  • 吉利忠張
8
  • 松井康之
9
10
11
  • 武田信勝
12
  • 陶晴賢
13
14
15
16
17
  • 押川公近
18
  • 大内義隆
19
20
21
  • 黒田長政
  • 大石定仲
22
  • 黒田孝高
23
24
25
  • 尼子経久
26
27
28
29
  • 鍋島忠茂
30
  • 朝倉孝景(10代)
31
  • 石川晴光

※ 年をまたいで集めた日付なので曜日は意味を持たず、1日から順に並べています。日付は旧暦を現在の暦に換算したものです。

埋まっている升目は多くありません。244人を366日に散らすと、1日あたり0.7人。誰もいない日のほうがずっと多くなります。

5.戦国武将の誕生日一覧(244人)

現在の暦(新暦)の日付順に並べています。ご自身の誕生日と同じ武将を探す場合は、この並びで見つかります。

1月生まれ(13人)

誕生日武将旧暦生年
1月8日上杉景勝11月27日1556年
1月12日本庄繁長12月4日1540年
1月14日若林統昌12月27日1569年
1月15日前田利家12月25日1539年
1月16日畠山尚順12月20日1476年
1月18日津軽為信1月1日1550年
1月18日諏訪頼水12月23日1571年
1月21日六角義郷1月3日1577年
1月25日片倉重長12月25日1585年
1月31日徳川家康12月26日1543年
1月31日大友義鎮1月3日1530年
1月31日池田輝政12月29日1565年
1月31日千葉重胤1月1日1576年

2月生まれ(33人)

誕生日武将旧暦生年
2月1日最上義光1月1日1546年
2月1日内藤義清1月4日1463年
2月2日島津尚久1月15日1531年
2月2日小笠原清宗1月16日1417年
2月4日毛利輝元1月22日1553年
2月4日小寺休夢1月12日1525年
2月4日小笠原忠脩12月25日1595年
2月6日佐々成政1月15日1536年
2月6日足利政氏1月7日1462年
2月6日島津久賀1月4日1582年
2月7日大島光義1月7日1508年
2月8日松平忠利1月16日1582年
2月10日足利義氏1月15日1541年
2月11日武田信虎1月6日1494年
2月11日松永久通1月8日1543年
2月12日高橋高種1月11日1470年
2月15日前田利長1月12日1562年
2月15日千葉胤富1月15日1527年
2月16日藤堂高虎1月6日1556年
2月16日塩谷義綱1月20日1560年
2月17日一色昭孝1月17日1565年
2月17日塩谷義孝1月5日1488年
2月17日小場義成2月2日1569年
2月18日上杉謙信1月21日1530年
2月18日彦部晴直1月18日1508年
2月19日山内真秀1月5日1589年
2月20日仙石秀久1月26日1552年
2月20日蜂須賀至鎮1月2日1586年
2月21日水谷正村1月17日1524年
2月22日伊東祐兵1月15日1559年
2月25日島津常久1月18日1587年
2月26日小早川秀包1月18日1567年
2月27日島津忠治1月27日1489年

3月生まれ(37人)

誕生日武将旧暦生年
3月1日結城秀康2月8日1574年
3月1日相良義陽2月8日1544年
3月1日相良頼貞2月8日1544年
3月2日土居清良1月30日1546年
3月3日白石宗実1月10日1545年
3月3日朝倉貞景2月5日1473年
3月4日井伊直政2月19日1561年
3月4日島津義久2月9日1533年
3月7日赤松政則2月19日1455年
3月7日佐竹義重2月16日1547年
3月8日真田信繁—1570年
3月8日尼子晴久2月12日1514年
3月10日三好長慶2月13日1522年
3月10日種子島時尭2月10日1528年
3月11日北郷忠能2月6日1590年
3月12日小田氏治—1531年
3月13日多賀谷重経2月23日1558年
3月13日高橋種資2月10日1573年
3月14日内藤忠興2月1日1592年
3月14日肝付兼演2月22日1498年
3月16日井伊直孝2月11日1590年
3月17日豊臣秀吉2月6日1537年
3月17日本多忠勝2月8日1548年
3月18日青山忠俊2月10日1578年
3月18日有馬則頼2月23日1533年
3月19日黒田利則3月4日1561年
3月21日大浦為則3月3日1520年
3月22日斎藤龍興3月1日1547年
3月22日石川昭光3月5日1550年
3月23日上井覚兼2月11日1545年
3月23日松平康信2月9日1600年
3月24日龍造寺隆信2月15日1529年
3月29日大内義興2月15日1477年
3月29日村上義清3月11日1501年
3月31日筒井順慶3月3日1549年
3月31日相良長祗3月13日1501年
3月31日大石直久2月29日1565年

4月生まれ(26人)

誕生日武将旧暦生年
4月1日南部信直3月1日1546年
4月6日山口重政2月25日1564年
4月7日小笠原秀政3月21日1569年
4月8日今田長佳3月5日1562年
4月11日北条氏尭3月15日1522年
4月11日北郷三久3月10日1573年
4月11日伊地知重順3月6日1570年
4月12日鍋島直茂3月13日1538年
4月13日松平信康3月6日1559年
4月13日山本寺定長3月14日1519年
4月14日脇坂安元3月4日1584年
4月15日小野鎮幸3月15日1546年
4月15日永山義在3月5日1575年
4月15日小笠原長棟3月19日1492年
4月16日毛利元就3月14日1497年
4月18日立花直次3月6日1572年
4月19日土井利勝3月18日1573年
4月20日相良忠房3月8日1572年
4月21日千葉良胤3月22日1557年
4月21日千葉邦胤3月22日1557年
4月22日立花道雪3月17日1513年
4月22日織田信孝4月4日1558年
4月27日佃十成3月15日1553年
4月27日朝倉氏景4月5日1449年
4月28日黒田直之3月18日1564年
4月28日禰寝重張4月9日1566年

5月生まれ(12人)

誕生日武将旧暦生年
5月1日大石定久3月23日1491年
5月2日徳川秀忠4月7日1579年
5月3日島津久信4月4日1585年
5月5日後藤基次4月10日1560年
5月16日香川勝雄4月3日1515年
5月18日有馬豊氏5月3日1569年
5月20日島津義虎5月1日1536年
5月21日島津忠将5月5日1520年
5月22日千坂景親5月3日1536年
5月24日島津久元4月22日1581年
5月27日石川義宗5月10日1577年
5月28日島津貴久5月5日1514年

6月生まれ(24人)

誕生日武将旧暦生年
6月2日千葉昌胤5月10日1495年
6月2日朝倉孝景(7代)4月19日1428年
6月3日細川藤孝4月22日1534年
6月4日織田信正5月5日1554年
6月4日平手政秀5月10日1492年
6月4日塩谷孝綱5月5日1470年
6月6日前田利好5月8日1565年
6月6日織田信衡5月7日1574年
6月9日松平広忠4月29日1526年
6月9日島清興5月5日1540年
6月10日武田元綱5月21日1441年
6月13日内藤信成5月5日1545年
6月14日保科正貞5月21日1588年
6月17日赤塚真賢5月5日1542年
6月19日明智光継5月20日1468年
6月19日北致愛5月25日1503年
6月21日山本菅助5月11日1553年
6月23日織田信長5月12日1534年
6月23日吉利忠澄5月28日1549年
6月24日藤堂高吉6月1日1579年
6月24日寒河江孝広6月1日1503年
6月25日後藤家信6月5日1563年
6月26日真壁久幹6月3日1522年
6月28日津軽信建6月10日1574年

7月生まれ(12人)

誕生日武将旧暦生年
7月2日大石定重6月1日1467年
7月3日戸村義国5月13日1591年
7月4日阿部正勝6月1日1541年
7月6日北条康種6月3日1540年
7月8日松平正綱6月12日1576年
7月12日小田成治6月22日1449年
7月13日島津豊久6月11日1570年
7月14日酒井忠世6月5日1572年
7月18日保科正直6月6日1542年
7月25日加藤清正6月24日1562年
7月25日伊東祐慶6月13日1589年
7月29日玉木吉保7月8日1552年

8月生まれ(18人)

誕生日武将旧暦生年
8月2日大友義統6月18日1558年
8月2日島津以久6月20日1550年
8月3日鎌田政近6月26日1545年
8月5日伊地知重政7月3日1540年
8月6日山田有栄7月3日1578年
8月10日佐竹義篤7月2日1507年
8月15日島津歳久7月10日1537年
8月17日織田信包7月17日1543年
8月17日武田信実7月18日1524年
8月17日佐竹義宣7月16日1570年
8月18日土岐政房7月8日1466年
8月18日島津忠長7月17日1551年
8月19日小野寺義道8月5日1566年
8月20日菅沼定芳7月17日1587年
8月21日島津義弘7月23日1535年
8月21日土岐頼勝7月8日1578年
8月23日簗田晴助7月24日1524年
8月29日伊達政隆7月30日1590年

9月生まれ(21人)

誕生日武将旧暦生年
9月3日伊地知重興8月20日1528年
9月5日伊達政宗8月3日1567年
9月6日小笠原貞慶8月12日1546年
9月6日青山忠成8月6日1551年
9月6日簗田持助8月15日1549年
9月8日島津勝久8月18日1503年
9月9日長連龍8月15日1546年
9月10日入来院重高8月20日1579年
9月10日島津忠隆8月14日1497年
9月12日千葉利胤8月5日1515年
9月13日明智光綱8月17日1497年
9月15日蘆名盛高8月17日1448年
9月17日三木通秋8月10日1534年
9月18日大内政弘8月27日1446年
9月18日結城晴朝8月11日1534年
9月20日立花宗茂8月18日1567年
9月20日山中幸盛8月15日1545年
9月20日水野勝成8月15日1564年
9月21日大井行吉8月12日1542年
9月27日竹中重治9月11日1544年
9月28日松平清康9月7日1511年

10月生まれ(19人)

誕生日武将旧暦生年
10月3日佐竹義昭8月23日1531年
10月3日鍋島茂綱9月17日1582年
10月4日千葉親胤9月15日1541年
10月10日池田利隆9月7日1584年
10月11日竹森次貞9月2日1550年
10月12日朝倉義景9月24日1533年
10月13日相良晴広9月15日1513年
10月13日陶弘護9月3日1455年
10月14日島津忠良9月23日1492年
10月15日島津成久9月15日1464年
10月16日丹羽長秀9月20日1535年
10月16日伊東義賢9月14日1567年
10月18日松平忠吉9月10日1580年
10月18日武田信吉9月3日1583年
10月21日菅正利9月19日1567年
10月21日小笠原貞朝9月18日1461年
10月22日塩谷隆綱9月15日1439年
10月22日武田信豊10月5日1514年
10月25日高橋紹運9月24日1548年

11月生まれ(12人)

誕生日武将旧暦生年
11月8日江良房栄10月25日1517年
11月9日小笠原長時10月23日1514年
11月14日龍造寺信周10月18日1532年
11月16日千葉勝胤10月5日1471年
11月18日水谷勝俊10月12日1542年
11月19日龍造寺長信10月28日1538年
11月25日毛利秀元11月7日1579年
11月25日小笠原長朝11月4日1443年
11月27日島津忠恒11月7日1576年
11月27日島津立久11月5日1432年
11月27日種子島久時10月28日1568年
11月28日細川忠興11月13日1563年

12月生まれ(17人)

誕生日武将旧暦生年
12月1日武田信玄11月3日1521年
12月3日問田隆盛11月12日1519年
12月4日鍋島勝茂10月28日1580年
12月7日吉川広家11月1日1561年
12月7日吉利忠張11月13日1573年
12月8日松井康之11月1日1550年
12月11日武田信勝11月1日1567年
12月12日陶晴賢11月14日1521年
12月17日押川公近12月1日1571年
12月18日大内義隆11月15日1507年
12月21日黒田長政12月3日1568年
12月21日大石定仲11月16日1534年
12月22日黒田孝高11月29日1546年
12月25日尼子経久11月20日1458年
12月29日鍋島忠茂11月28日1584年
12月30日朝倉孝景(10代)11月22日1493年
12月31日石川晴光11月20日1528年

※ タブで暦を切り替えられます。旧暦は生誕欄に併記がある242人のみ。

6.🔍 ちなみに、どうやって調べた?

分析方法をくわしく見る

使用したデータ

Wikipedia 日本語版の「Category:戦国武将」と、そのサブカテゴリ「Category:戦国大名」に含まれるページから、基礎情報テンプレート({{基礎情報 武士}})の生誕欄を取得しました。2026年8月時点のデータです。

区分件数
名寄せ後の全ページ5,553
生誕欄に記載があるページ5,437
月日まで判明したページ244
旧暦の月日も併記されているページ242

日付の取り出し方

生誕欄は「天文3年5月12日(1534年6月23日)」の形式です。括弧の外から旧暦の月日を、括弧の中から新暦の年月日を取り出しました。年が1400年から1700年の範囲を外れる場合は誤りとみなして除いています。

head = text.split("(")[0]                       # 括弧の外=旧暦
w = re.search(r"(\d+)月(\d+)日", head)
m = re.search(r"[((][^))]*?(\d{4})年(\d+)月(\d+)日", text)  # 括弧の中=新暦

偏りの検定に使った手法

本文で「1万回に1回も起きない」と書いた部分の中身です。使ったのはカイ二乗検定という手法です。

これは、実際に数えた人数が、想定した人数からどれだけ離れているかを測るものです。今回は「誕生日は1年じゅうに散らばっている」と想定しました。244人を12か月に割れば1か月あたり20人ほどになるはずで、これが想定の人数です。

そこから、各月のずれを二乗して足し合わせます。二乗するのは、多すぎる月と少なすぎる月が打ち消し合わないようにするためです。この合計がχ²(カイ二乗)値で、大きいほど想定から遠いことを意味します。

χ²値が出たら、次はそれが「よくあるずれ」なのかを見ます。散らばっているという想定が正しかった場合に、これほどのずれが起きる確率を求めたものがp値です。p値が小さいほど、想定のほうが疑わしくなります。

なお、月ごとに日数が違うので、想定の人数は単純な12等分ではなく日数で重みづけしました(2月は閏年を考慮して28.25日として計算)。

検定の結果
暦人数χ²値自由度p値
新暦244人40.6110.00003
旧暦242人39.0110.00005

どちらもp値が0.0001を下回りました。散らばっているという想定のもとでこれほど偏るのは、1万回に1回も起きない計算になります。

ただし検定が示すのは「散らばっているとは考えにくい」ことだけで、なぜ偏るのかまでは分かりません。理由の候補は本文に書いたとおりです。

分析上の注意点

  • 誕生日が分かるのは全体の4.4%で、有名な武将に大きく偏っている
  • 旧暦の日付は、当時の暦法(宣明暦)に基づく。新暦への換算はWikipediaの記載をそのまま使用している
  • 生誕日そのものに諸説ある武将も含まれる。この記事では基礎情報欄の記載を採用した

7.まとめ

  • 最も多いのは3月生まれの37人。2〜4月に全体の39%が集中している
  • これほど偏ることが偶然に起きる確率は、1万分の1未満だった
  • 誕生日が月日まで分かる戦国武将は、5,553人中244人(4.4%)だけ

8.次に調べたいこと

  • 誕生日が記録に残った武将と、残らなかった武将で何が違うのか
  • 同じ誕生日の武将どうしに、血縁関係はあるのか
  • 命日のほうは、どのくらい判明しているのか
  • 元服や初陣の年齢に、傾向はあるのか

戦国武将に最も多かったのは、3月生まれでした。

ただし信長が5月生まれか6月生まれかは、どちらも正しいのでした。同じ日を違う物差しで測っているだけです。何月生まれが多いかという問いですら、どの暦で数えるかで答えが変わります。244人しか分からないという事実も含めて、記録が残るとはどういうことかを考えさせられました。

戦国時代の平均寿命は何歳?最も長生きした武将を2,730人分のデータで調べた同じデータの生没年から、武将の寿命を集計した記事です。datasanpo.com

よくある質問

戦国武将は何月生まれが多いのですか?
誕生日が判明した244人を現在の暦で数えると、最も多いのは3月の37人、次いで2月の33人でした。最も少ないのは5月と7月と11月の12人です。2月から4月までの3か月に全体の39%が集中しており、これほどの偏りが偶然に起きる確率は1万分の1未満でした。
織田信長の誕生日はいつですか?
旧暦では天文3年5月12日です。これを新暦(グレゴリオ暦)に換算すると1534年6月23日にあたります。どちらも同じ日を指していますが、月が変わるため「5月生まれ」とも「6月生まれ」とも言えます。
徳川家康の誕生日はいつですか?
旧暦では天文11年12月26日、新暦では1543年1月31日です。旧暦では年末生まれ、新暦では年明け生まれとなり、生年すら1542年と1543年で表記が分かれます。
戦国武将の誕生日は何人分わかっているのですか?
Wikipediaに記事のある戦国武将5,553人のうち、月日まで判明しているのは244人(4.4%)です。多くは「不明」か、年しか分かっていません。このうち旧暦の月日も併記されている242人を一覧にしました。

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